あるブログの記事が目に留まり、激しく同意した。
「またやってるよ。国民1人あたり○○万円の借金」って報道。
この話題を取り上げたブログの主はまだ若い世代のようだ。感心する。
言及した記事はこれだ。
財務省は10日、国債と借入金、政府短期証券を合計した国の借金が2020年度末時点で1216兆4634億円になったと発表。コロナ対策で国債を増発したため、5年連続で過去最大を更新した。19年度末と比べて101兆9234億円増え、増額幅も過去最大だった。
21年4月1日時点の総人口1億2541万人で割ると、1人当たり約970万円の借金を抱えている計算になる。
国の借金、過去最大1216兆円 20年度末、5年連続で更新 | 共同通信
ブログの記事で述べられているように、「国の借金」は「国民の借金」ではなく、あくまで「政府の借金」であって、債権者は「国民」なのである。たとえば銀行にしろ個人にしろ、日本国債を買えば、国は利子を付けて返してくれる。これが国民の借金だったら利息を支払う側である(税金が利息みたいなもんだと思えなくもないが・・・)
自分も、実はこの事実を知るまでは、こんな報道が流れるたびに「大変なことになったなぁ。さらに国民から税金でお金を吸い上げるのかな? とても政府が歳出を削減するとも思えないし、社会保障費や教育費が削られたら、それこそ大変だよ」なんて思っていた。
ところが投資をはじめ、経済や貨幣の仕組みを様々知るにつけ、これが無知な国民を労働させ、せっせと税金を納めるマシーンに教育してきた国の策略なのだと感服した。
MMT(現代貨幣理論)について調べているうちに知ったのだが、税金は「通貨としての価値を維持するための仕組み」という側面があることだ(租税貨幣論)。昔は米で年貢を納めていた。ようはせっせと米を作らせるために、幕府や大名に米を収めなさいという仕組みだった。教科書では「税金は所得再分配機能」なんて書いてあるが、なんだか後から取って付けたような建前のような気がする。
同じように、日本円で税金を納めなさいという仕組みの上では、国民は何らかの形で日本円を得なければならない。多くの国民は労働の対価として日本円をもらい(ビットコインや楽天ポイントで給料はもらえないし支払えない)、その一部を税金として収める(他に事業をしても、モノを買っても、自動車乗っても、土地を持っても、相続しても、大体人とお金が動けば税金を収める)。それにより「日本円」という価値が担保され、単なる紙で作られたお金とモノとが交換できるのである。
なるほど。
※理論的には、そんなに単純な話ではないが、ここでは話をわかりやすくするために単純化している。
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国は国民から集めた税金だけで運営している訳ではない。むしろ、税金を多く取り立てて、国が黒字になれば民間は赤字となる。ようは国の赤字は民間の黒字なのだ。それだけ市中にお金が回っていることになる。
コロナで国民一人ひとり10万円を配ったとき、政府は国債を発行して資金を調達して配ったので赤字になるが、国民は10万円黒字になる。結果として国全体ではプラマイゼロだ。
政府の赤字というのは、我われが庶民が思っている「借金まみれ」とはだいぶ意味が異なる。それに国は債務もあるが資産もある。その資産については一切触れられずに債務のみを強調するのはフェアではない。
誤解を恐れず資本主義を大雑把にいえば、世の中は「誰かが儲けて黒字になれば、誰かが赤字になる」ということだ。
ブルさんがバイクを買うことによって、メーカーや販売店が黒字になって、ブルさんは赤字になる・・・そんな感じ(爆)
国の借金が過去最大と言うことは、それだけお金が出回っていることで、少し前に日経平均が2月に30年ぶりに3万円の値を付けたのも余ったお金が投資に回り株価が上がるというからくりだ。
こういう事実を国民に知られると、国としては「借金で大変だ! 増税だ!」という脅しが利かなくなるので、あえて教えるようなことはしない。自分も50年以上生きてきて、最近まで何の疑問も持たず「国の借金が増えた大変だ」と思っていたし、憲法にある「勤労の権利及び義務(第27条)」「納税の義務(第30条)」を額面通りに受け取って働き納税してきた。1億総中流社会といわれた昭和や平成の時代はなんだかんだそれで上手く回っていた。
もちろん働くことも、納税することも否定するつもりはないし、社会で生きていくためにはその仕組みから逃れることはできない。
ただ、資本主義社会において、お金に関する事情を知って理解している人としていない人では、物事の判断や立ち回り方はずいぶん違ってくるだろう。格差が広がるのはある意味必然といえそうだ。
令和を賢く生きるためには、情報の精査が大切だ。