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しあわせの方程式-その見つけ方のヒント

 

 

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近所にあるお気に入りのトレイルを走ると気持ちがいい

 

しあわせの感じ方は主観的で、十人十色だ。

 

憲法で保障された「最低限度の生活」でしあわせを感じる人もいれば、使い切れないほどの資産をもっている人でもしあわせと感じない人もいるだろう。

 

たとえばZOZOの元社長だった前澤氏は莫大な資産を持ち、派手な生活をしながらも、どこか心の片隅に寂しさを抱えているように見えるのは気のせいだろうか?

 

まあ、これも自分の主観的な見方であって、本心は本人しかわからない。

 

客観的な事実を積み重ねても、人の幸福感は測れない。

 

ただ、どういう状態で幸・不幸を感じるのか、その要素とか環境というのはあると思う。ちょいと思考を巡らせてみた。自分がどういう状態なら「しあわせ」を感じることができるのだろうか。そうすれば、「しあわせ」な状態になるための努力の方向性は見えてくるに違いない。

 

 

 

*  *  *

経済的なこと

 

真っ先に思い当たるのが、お金のことだ。

 

先日、恥をさらした息子が言った言葉。

 

「結局金でしょ。金がなければ何も出来ないじゃん」

 

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 確かにお金は必要だ。「金だけが全てではない」なんて、現実問題としてきれい事を言うつもりはない。お金がなければ、衣食住もままならない。現代社会でこれらをすべて自前で調達することは不可能に近い。だから生活に困らない程度の安定した収入は、ミニマムな条件だと思う。

 

一方でお金があるから「しあわせ」かといえば、お金は何かを引き換えるためにあって、お金そのものはしあわせを与えてはくれない。

 

年収が増えるに従い幸福度が上がっていくが、800万円を超えると頭打ちになり、それ以上稼いでも幸福感は高まらないという調査結果もある。

 

年収が1000万円を超えると、重税感も増してくるのが日本の税制の仕組み。税金払うために働いているようなもの。働くモチベーションが下降するのもわかる。

 

ほどほどの収入、例えば自分と同年代で所帯持ちのお父さん。年収で500~800万円ぐらいあれば(税制的にも補助や助成の支給要件等一番恵まれている)、食うに困らず、住む家もあり、家族を養って、多少の贅沢や余暇を楽しむ余裕もあるだろう。もちろん家族構成や仕事内容、共働き、資産状況にもよるけど、まったく足りないということはないと思う。足りなければ、それは別の問題が隠れている。それ以下の収入しかなく「不幸せ」だと感じていれば、「しあわせ」を感じる別の何かを見つけるか、仕事を変える必要がありそうだ。

 

モノに執着しないミニマリストだったり、資産を築いて経済的自由を手に入れるFIREをめざしたり、セミリタイヤみたいな生き方も最近注目されているけど、それはそれで本人が「しあわせ」を感じていればいい。ようは経済的な理由でQOLが阻害されていなければいいのだ。

 

*  *  *

 

精神的なこと

いわゆるメンタルヘルス。いくらお金があっても、強いストレスを感じていたり、職場や友人、近隣住民などの人間関係でつまずいたり、家族関係が悪かったり、そのせいでうつ病などの精神疾患を患ったら、しあわせを感じるどころじゃないだろう。

 

こころ(精神)の安寧がなければ、「しあわせ」を感じることはできない。たぶん真理だと思う。幸福感に一番影響を与えるのが「こころ」だ。だから何かあったときに神様にすがるのも、信仰をもつのも、みな、こころの拠り所が欲しいだからと思う。

 

自分も職場の人間関係に問題を抱えたとき、非常に強いストレスを感じ、円形脱毛症になったことがある。飲酒量が増えたり、趣味のバイクに乗っても、登山をしていても「明日も会社か~」(´。`)と思うと途端に楽しめなくなった。

 

今回の息子のことでも、やはりこころのどこかで心配をしているし、カミさんとの関係も微妙でなんかスッキリしない。これは幸福度を下げる。

 

ちなみに恋愛は最大の幸福と不幸が同居してるので気をつけてね。

 

そんなに経験ないけど (´_`;)

 

*  *  *

 

身体的なこと

この歳になると健康のありがたみがよくわかる。こころの健康とともに、身体的な健康も大事な要素だ。病気やケガで体の不自由が生じると、途端にQOLが低下する。やっぱり運動・睡眠・食生活には気を配りたい。

 

一方で、体に障がいがある人が不幸かと言えば、それは一概に言えることではない。若いときに事故に遭い、下半身が不自由な友人がいる。自分と同い年なのだが、現役でプログラマーとしてバリバリ働いているし、数年前に陸上競技をはじめ、今ではパラアスリートとして、パラリンピックの代表候補になっている。不自由を不自由として受け入れ、自分の可能性にチャレンジすることで、その不自由は乗り越えられると彼から学ばしてもらった。

 

*  *  *

 

社会的なこと

 たとえば、仕事にやりがいを感じるとか達成感が得られるとか、ボランティアや地域活動など誰かのために汗を流し感謝されたなど、とにかく人は誰かのために働き、またはそれが社会の役に立ったり、感謝されたり、評価されるとうれしいものだ。

 

逆に誰からも評価されなかったり、必要とされていないと孤独を感じ、孤立してしあわせは感じにくい。人間関係を煩わしいと思う一方で、誰かを必要としている。人間というのは複雑で面倒くさい生き物だ。

 

自分の場合、やはり仕事をしていて、お客さんから「ブルさんに仕事を頼んでよかったよ」「貴社の商品はとても使いやすいし気に入っている」と言ってもらえればうれしいし、仕事にやりがいも感じる。

 

その反対にクレームが来ればその対応にストレスを感じ、評価が芳しくなければ落ち込むけど・・・

 

だから社会生活を営む上で余暇も大事だ。趣味を楽しむ時間がある、趣味を通した仲間との交流があると、生活は途端に彩り濃くなる。

 

休日にバイクに乗って、温泉に浸かったり、テントを張ったり

 

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山に登って(上りは苦しいけど・・・)雄大な景色を眺めたり、

 

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ブログを通じた交流があったり、実際に一緒に走りに行ったりするのは、とてもしあわせな時間だ。

 

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ワークライフバランスではないが、オンとオフをうまく使い分け、適度に気分転換をすることは大事だね。あたしゃ趣味の時間が一番幸福を感じます。ハイ!

 

 

 

 

*  *  *

 

環境的なこと

 

自分の周りの社会的なことがミクロなら、環境的とは視点をマクロに捉えた場合のこと。生まれた国が戦争や内戦でズタズタだったりすれば、生きることが精一杯でしあわせなんて二の次だ。独裁者の圧政で行動も言論も自由がない、気候が極端に厳しい、国が通貨危機に見舞われてハイパーインフレ状態とか、とにかく、もうこれは自分の力ではどうにもならないこともある。

 

そういう意味で、日本は平和だし、自由もある。

 

海も山も自然は豊だし、都市は機能的で清潔だし、メシもうまい。恵まれた国だと思う。どこに住むのも自由だ。賑やかで便利な街の暮らし、海に近く潮風を感じる街の暮らし、山の麓で木々に囲まれた暮らし。自分で選べばいい。もうこれだけでしあわせに近づくアドバンテージだ。自分は山派(ヤマハも好きだがカワサキも好き・・・違うか)。

 

ただ不可抗力的なことで言えば災害が多い国だ。台風、大雨、地震・・・毎年のようにどこかで大きな自然災害が起こる。そういう災害に見舞われれば一瞬でどん底に突き落とされる。

 

そんな状況においても、生きていれさえすればどこかに、ほんの小さな希望を見出すことはできるだろう。誰かがそっと傘を差しだしてくれることもある。

 

ある人が、こんな文章を書いていた。

 

人間は「もう行き止まりだ」というような状況の中でも生きる喜びを感じることができます。最初から絶望的な状況を望むことはありませんが、その状況を受け入れるしかないとき、かすかに差し込んできた光の美しさを感じることができます。それが人間としての性質、すなわち「人間性」なのです。

 

コロナによって、多くの人の生活は大きく変わり、制限が加わった。事業で打撃を受けたり、失業したり、学生の方は、学校に通えなかったり、部活で一生懸命努力してめざしていた大会が中止になったり、進学や就職に不安もあるだろう。

 

でも、しあわせの要素はひとつではないし、こうやって考えれば、どこかが上手くいかなければ、どこか別の要素でしあわせを見つける努力もできる。

 

陳腐なセリフだけど、しあわせの種はそこいら中に落ちていて、それを育てて花を咲かせるのも、知らずに通り過ぎて地中深くに眠らせるのも自分次第。 

 

*  *  *

 

 ここまで書いた、経済的なこと、精神的なこと、身体的なこと、社会的なこと、環境的なことの5つの要素が(他にあればコメントで教えてください)すべてで満たされることはそうそうあり得ない。でも、どこかは満たされないけど、どこかでしあわせは見つけられそうだ。その努力の方向性は見えてくるはず。

 

ただし、この5つの分野は独立して成り立っているわけではなく、常に干渉し合いながらその境界線はグラデーションのようにつながり存在する。だからやっかいだ。

 

ひとつ思っていることは、自分は他人と比較して不幸だとか、恵まれているだとか、ついてないとか、他人との境遇を比較対象にすると本当の自分のしあわせは見えてこない。また、逆境の中でもがいて苦しんだ先に本当の幸せの意味を知るかもしれないということも、五十数年生きてきて、それは思う。

 

とりあえず、今の自分の課題は家族関係だな (-_-;)

 

息子の愚痴を連ねた記事を読んだ小・中一緒だった親友が、今週末わざわざ横浜から来てくれることになった。有り難いね。

 

(要コロナ感染対策しながら)

 

「しこたま飲んで、しこたましゃべる!」

 

ことにします <(_ _)>

 

 

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