「マツダ地獄」って知っていますか?
昔のマツダは、買った次の日に半値になるなんて言われて、下取りが安いから乗り換えるときも比較的高値で取ってくれるマツダで買うことになって、無限ループみたいにマツダのクルマに乗り続けることをいいます。
近年では、まったくそんなことも匂わせないぐらい、マツダのクルマは国内外で高い評価を得ていますが、いったいどのようにしてマツダは復活したのでしょうか?
その一部始終をマツダの元会長でエンジニアの金井誠太氏に、日経BPのベテラン編集者である山中浩之さんが2年半の長きにわたって(しつこく!?)インタビューを重ねまとめられた1冊が『マツダ-心を燃やす逆転の経営』です。
この中山氏は、前回記事にしたフェルディナント・ヤマグチ氏のコラム「走りながら考える」の担当者で、あのフェルさんの無尽蔵に繰り出されるわがままな振る舞いにもめげずに連載を成立させるんですから、編集者の鏡みたいな人です。マツダ副社長(当時は常務)の藤原氏とフェルさんのトークイベントでも司会進行していました。
本書はビジネス書に分類してもいいと思いますが、ビジネス書において丸々1冊をインタビューだけで構成する紙面もなかなかめずらしいと思います。インタビューをまとめるという手法は、表面的だったり、やや深みが足りないことも多いのですが、この本はそんなことはありません。内容もよく整理されていますし、熱く語り合ってる2人の姿が紙面の向こうに浮かんでくるようです。
が、
クルマ好きでないと「ちょっとなに言ってるかわかんない ┗(´A`)┛」(註:サンドイッチマン風で)会話が続きます。結構マニアックです。
contents
自動車メーカーとして個性的存在のマツダ
自分の年代(50~60歳ぐらい)にとっては、マツダという自動車メーカーのイメージはあまりよくないイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。
冒頭で紹介した「マツダ地獄」なんて言葉も、どこか二流メーカーという雰囲気を感じます。
ところが、このマツダってメーカーは、ときどきとんでもないことをやらかす風雲児でもあります。
コスモ・スポーツはウルトラ警備隊で活躍しましたし、
なんと50年前にこの斬新なデザイン!(1967年)
初代サバンナRX7のリトラクタブルライトは、スーパーカーブーム世代のオヤジ達も当時は胸をときめかせました。
初代サバンナRX-7(1978年)
そして、世界で唯一ロータリーエンジンを量産化し、そのロータリーエンジンを積んで日本メーカーがはじめてルマン24時間レースを制したのもマツダでした(1991年)。
本書の中でも、金井氏が当時の社内を言い表す言葉として「利益がなければ生きていけない、個性がなければ生きる資格がない」(p.26)と紹介しています。
しかし、その個性の方向性がバラバラで、新しい提案が出てくる度にその方策を考えなければならず、技術の蓄積・成熟を待たずして次に行くような、積み上げがないままにリソースをあっちこっちに向けて効率的ではなかったと振り返ります。
―それぞれ「個性的」ではあるけれど、統一感がない。
よく言えば、やりたい方向に振り切ってはいるんです。でもモデルチェンジのたびに、前作とは正反対と言っていいぐらい違うクルマが出てくる。(p.24)
これが、マツダの危機に繋がります。
マツダの迷走と低迷
マツダは一時、販売台数国内第3位のメーカーでした。1981年のことです。トヨタ、日産に次ぐ順位で、当時4位が三菱、5位がホンダでした。あの赤いファミリアが売れた頃です。
ホンダがマツダや三菱より下ですから!
時代の流れを感じます。今じゃ、そのうち日産と三菱はなくなってしまうのではないかと思います。
そこからトヨタや日産を追うようにフルライン化に走り、車種が増え販売店がいくつもの系統に分かれ、逆に生産性が落ち、経営が迷走し、業績は坂を転げ落ちるように悪化しました。
そして1995年に赤字に転落し、翌年フォードがマツダの株式33.4%を取得して経営権がフォードに移ります。
その頃のマツダがどんな状況だったのか? その渦中で金井氏はどのような役割を与えられ、何を考えたのか? 本書で詳しく語られています。
組織を変える・仕事の仕方を変える
普通、会社が事業に失敗し、大きな損出を出してしまえば倒産するしかありません。しかし自動車メーカーというのは、裾野の広い産業ですから、マツダが倒産すればその影響は計り知れません。
大きな会社はいいです。潰れずに済むんですから(恨)。
しかしオールド・ビジネスの日本メーカーが危機的状況にあるのも周知の通り。たとえば洗濯機から原子炉まで作る会社って、「今どきどうなのかなぁ~」と思います。そして巨大損出を出したり不正会計するなど、おかしなことになっています。その他も似たり寄ったり(吸収されたメーカーや外資になったメーカーなど)、ああいう会社に今でも就活生がエントリーシートをわんさか送りつけてるの見ると「もうそういう時代じゃないのに」って思います。
こっちはこっちで、超零細企業のあたしゃ毎日が綱渡りですけど。(;´Д`)
でも、マツダは再生しました。フォードが救済に入ったことで、マツダに大きな変化が現れます。フォードは世界ではじめて自動車を量産化した会社です。同じ規格で大量生産し、全世界で販売するビジネスモデルを築き上げたメーカーですから、個性派のマツダとは理念も考え方もまったく正反対です。
そこが味噌です。マツダの個性にフォードの合理的とか効率的とかという概念が入り、個性的なエンジニアが自分たちの歩む道、めざす姿を捉え直したのです。
そのきっかけになったのがドイツ車の存在。金井氏がカペラでアウトバーンを200Kmで走ったときに大変な緊張感を強いられたのに対して、別の日にドイツ車のプレミアム車(本書では伏せられていますが、BMWだと思います)で走ったときには、手に汗握るどころか運転が楽しかった、その圧倒的な性能の差に愕然としながらも、そこを超えるクルマに目標が定まったのだと語っています。
効率的に、コストを下げながら、目標をクリアするために、何をするのか?
その答えが、
- 勝負する場所を決め(フルラインは止めよう、ミニバンは止めよう)
- 技術を磨き(内燃機関を極める=スカイアクティブ)
- ドライバーには走る楽しさや歓びを届け(ZOOM-ZOOMやBe a driver)
- 構造を共通化してコストダウンする(コモンアーキテクチャー・フレキシブル生産)
などです。
もちろん、この概念を社内で浸透させ、仕事を根本から見直し、やり方を変えることは大変な苦労があり、抵抗もあったでしょう。その辺りの苦労も語られています。サラリーマンとしてそこまでできるのかとも思います。
ただ、それを成し遂げたからこそ、今のマツダがあるのだと思います。結局企業は人です。
いま、CX-3に乗っていて、確かに日本車にはない、足回りがカッチリしていて剛性感のある走りを感じることができます。乗っていて楽しいです。
決めなくてはいけないこと―中期計画の終わりに時代の変化を感じ取って次の会社の姿を想像する
クルマ好きだったり、マツダファンにとってこの本は楽しめる本だと思います。でも、それだけではなく、仕事をしていく上での取り組み方だったり、考え方だったり、行動の原理も行間に読むことができます。
自分は、バリバリの文系で社会科学が専門ですので、エンジニアのようなモノづくりはできませんが、理系だろうが文系だろうか、目標に向かって仕事を進めていくプロセスは一緒です。
本書の最後には、実際にスカイアクティブや鼓動デザインなど一連の商品企画に携わった藤原清志副社長のインタビューも掲載されています。前回の記事で登場した人です。
最後に、藤原氏が語った印象に残る言葉を紹介したいと思います。
たとえばコンサルティング会社が経営分析して目標を設定することに対して、次のように語っています。
目標は、自らやる人たちが、ちゃんと意図して作らないといけないんです。それも「挑戦して到達できる」という目算があり、その中でぎりぎり高い目標でないといけない。
―「これで俺たちは死ぬほど苦労するんだろうな」と思いながら「でも、やれたら勝てる」と思って、計算と覚悟で数字を出す。
そう、そういう計算と覚悟がなければ、現実味と高さが両立した目標は出せません。(p.309)
自分の会社は、今年5年間の経営中期計画の最終年度です。ここまでは、途中多少の軌道修正はありましたが、みんなの頑張り(オレもがんばった)で概ね計画通りに進み業績も伸びました。
しかし、市場は移り気です。その変化も感じています。
気を抜いていれば、あっという間に置いて行かれます。
トヨタだって、20年後には自動車を製造して販売するメーカーじゃなくて、「人を運ぶためのあらゆるモノをネットワークする企業」になっているかもしれません。実際、ソフトバンクと提携したりウーバーに出資したり、その戦略を着々と進めています。
来年からの5年計画では、戦う場所を少し変えていこうと思っています。全然畑違いのことをやろうというわけではなく、今持っている強みの部分でアウトプットの仕方を変えて、新たな層にアプローチできる商品開発をやっていこうと戦略を練っています。その戦略を一緒に進めるパートナー探しもはじめました。目標の高さをどう設定するか、ここは悩みどころです。
計画はまだ出来ていませんが、会社のみんなにも、そのことは伝えています。
「次の5年で何をやり、何をやらないのか」
何度も。何度も。機会あるごとに繰り返し伝えることが大事です。
経営は、生き残り戦略だと思います。強い者、大きい者が生き残るのではなくて、環境に合わせて変化できる者が生き残っていきます。これは間違いありません。
人は変化を嫌がります。自分も「現状維持でもいいじゃん」って楽をしたくなります。でも、変化を恐れず進む勇気をいただきました。
ごちそうさまでした。